新型コロナウイルスの感染が拡大し始めたドイツでの生活、他

ドイツでも近頃はコロナウイルスの感染拡大の話題で持ちきりですが、街へ一歩踏み出してみると、案外いつもと変わらぬ日常の光景が繰り広げられています。トイレットペーパーの買い占めとかなんとか、SNSでも面白半分に騒いでいる人がいますが、近所のスーパーやドラッグストアではまだ普通に売っています。それどころか、製紙業界がここぞとばかりに張り切り過ぎたのでしょう、むしろ入荷し過ぎた分が特売コーナーなどにも堆く積まれ、噂に流されて慌てて買い占めに来る愚かな消費者達を待ちわびています。


......と、先週ブログをここまで書きかけて、ほっぽらかしにしてしまっていたんですよ。実際、先週の中旬ではこのような状況でした。

今日、仕事帰りに近所のスーパーに足を踏み入れて唖然、トイレットペーパーコーナーの陳列棚はもぬけの殻。その脇を固めるはずのティッシュペーパーとキッチンペーパーも辛うじて商品は残っているものの、すきま風の吹く寂しい状態になってしまっていました。ドイツにもウイルス感染の波が遅ればせながら、しかし確実に忍び寄っています。

紙類の他に買い占めが目立ったのは、日持ちする食糧品。特にパスタ。いきなり自宅で隔離、なんてことになった時に備え、しばらく引きこもるために我先にと皆購入していくようです。小麦粉もほぼ完全に売り切れていました。パンは時間が経ったらカビが生えちゃうけど、隔離されたら毎日家で自分で焼けばいい、って魂胆でしょうか。あと面白いなと思ったのが、飲料コーナーからコーラのボトルが根こそぎ買い占められていたこと。コカコーラもペプシも、ノーマルからライトからカロリーゼロまで、見るも無残に陳列棚がすっからかんでした。コーラが無いと生きていけない人は少なくないようです。一方で、買い占めを見越してスーパーが大量入荷したものの、予想に反して売れ残りまくっているものもあるようです。砂糖。イースターのウサギのチョコレートが特売されているすぐ隣りで、季節物でもない砂糖の袋が尋常じゃない高さに積み上げられ存在感を放っていました。小麦粉が売れるから砂糖も、という戦略なのでしょうか。小売店と消費者の心理戦はしばらく続きます。


と、ふざけた話はさておき、買い占めの他にも、ウイルス蔓延を実感することが遂に自分の身にも降りかかりました。今週末に合唱で出演するはずだったシュトゥットガルトでの本番が、急遽キャンセルとなりました。ドイツでは、集団感染の確認された北西のノルトラインヴェストファーレン州が集客数1000人を超えるイベント類を中止する方針を示したそうですが、僕の住む南西ドイツのバーデンヴュルテンベルク州にその影響が及ぶのはまだ先だとたかを括っていたのです。今回の本番は、1週間に渡ってシュトゥットガルトで行われる比較的大きな音楽祭の一環として催されるものだっため、他の地域から多くの観客が訪れることなども見越し、音楽祭全体をキャンセルという大規模な決定がなされたものと思います。

また再来週には、ベルギーのアンサンブルで11カ国14都市を回るツアーが控えています。アンサンブルからは今日、新型コロナウイルス感染拡大を踏まえての注意事項がツアーメンバーに通知されました。現時点ではプランされている全ての公演を行う方針、ただし危険区域(イタリアなど)での本番が急遽キャンセルされる可能性、ツアー中に様々な地域に立ち寄ることが原因で逆に安全区域への立ち入りを拒否されることになる可能性、などなどが謳われた最後に、 

「ツアーメンバーにコロナウイルス感染者が確認された場合、その時点でツアーは終了し全員がそのホテルに隔離される可能性」

が淡々と綴られ、読んで一瞬身震いしました。これまでは人ごととして事態を楽観視していた節がありましたが、自分が、あるいは隣りで歌っている同僚が当事者となる可能性を無視できない状況が近づいてきたのです。無事にツアーが敢行されるのか、それともキャンセルされる本番が出てくるのか、ツアーがそもそもなくなって自宅で引きこもっているのか、それとも自分か同僚が感染してホテルに隔離されるのか、たった数週間先のことなのに状況は全く想定できず、だからと言って自分が状況を変えられるわけではないので、通常どおりきちんと曲を練習して、ツアーが敢行されることになったときに健康体で質の高い音楽を提供できる準備を整えておくこと以外、演奏者でしかない我々に成すすべはありません。


 (先日ロシア上空を飛んだ時に窓際席から撮った写真です。これほど厳しい自然環境下ならコロナウイルスも死滅するのかな、と思った程度で、この写真にそれ以上の意味はありません。)

閑話休題。ここ数週間はシュトゥットガルトの放送局、SWRの声楽アンサンブルで長期間の録音を伴うプロジェクトに取り組んでいます。ミヒャエル・プレトリウスのモテットを2篇、フランシス・プーランクのト長調ミサ、それからクリュトゥス・ゴットヴァルトの編曲によるシュトラウスやワーグナーのドイツロマン派歌曲。いずれも無伴奏の声楽アンサンブルの編成。

18年間このアンサンブルで音楽監督を務め、今シーズンいっぱいでその座を勇退するマルクス・クリード氏のタクトでのリハーサル、そして録音は身の引き締まるものがあります。今回は特に時間に余裕があるためか、1つ1つの音を念入りに確認しながら練習が進められています。音楽作りにおいて、新しい曲を99%までリハーサルするのは容易い作業だけれど、それを99.999%の完成度まで高めて行くには、演奏する一人一人の集中力、繊細さ、プロ意識、声のコンディションなど、様々な要素が極めて高い水準で整えられていることが不可欠だということを改めて実感します。1日の労働時間はそれほど長いわけではないのに、仕事から解放された瞬間に張り詰めた緊張感が一気にほどけ、どっと疲労が押し寄せます。

そんなSWR声楽アンサンブルの、常に完璧のその先を目指して収録された珠玉の作品達をこの機会に幾つか紹介して、今日のブログを締めます。なかなか気楽に外出できない暗鬱とした日々の清涼剤にでもなればと。

https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_l6Ff_MFOJM4sJA5s-iQlnUP0HGEo5vnqs
まずは2018年のJAPANプロジェクトのプレイリスト。ドイツのアンサンブルが日本人作曲家オンリーのプログラムを歌うという、後にも先にも無いであろう激レアの録音です。クラシックなものでは11番の「さくらさくら」などもお勧めですが、個人的には、ドイツの合唱団が日本のお囃子に挑戦する7~10番の間宮芳生さんの「コンポジション」をぜひ聞いていただきたいです。

https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_n3JBKn9rnY2zFkuDUvvbaDcsqr1GfjxEM
こちらも別の意味で、後にも先にも無いであろう激レア。ハンス・フェールマンというドイツ人にさえも忘れ去られた無名の作曲家。19世紀末から20世紀初頭にかけてドレスデンで教会オルガニストを務める傍ら、幾篇かのオルガンの作品と合唱曲を書き残しました。第二次世界大戦の戦火でその多くは燃えてしまったそうです。痒いところに手が届きそうで、自分ではやはり届かなかったけれど、別の痒みに気を取られている間にいつの間にか誰かが掻いてくれていた、みたいなハーモニーはこの人ならではの描き方です。

ではまたね👋🏽

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