フリーランスの音楽家への経済支援 ドイツコロナ編

このブログはそもそも、ドイツのフリーランスの音楽家の生活を紹介することを目的で始めたのでした。今回のコロナ危機下での、フリーランスの音楽家に対する政府からの経済支援について、緊迫した状況になっているので報告しておこうと思います。

文化メディア担当国務大臣のモニカ・グリュッタースは、約3週間前の時点で、芸術文化なくしてはドイツの経済は成り立たないことを説き、職を失った芸術家に経済的支援を施すことを明言しました。

単刀直入にいいますと、その公約はほぼ全く果たされていません。日本の一部のメディアでは、ドイツではフリーランス全員に現金が支給されているなどと報道されているようですが、誇張の極みです。

経済支援策は州単位で行われます。ノルトラインヴェストファーレン州(ケルン、デュッセルドルフ、ボンなどの都市が集まる州)では、フリーランスの芸術家に対して2000€の現金が支給されることが決まり、直ちにオンラインで申し込みが開始されました。ほぼ同時期に、ベルリンでは1人あたり5000€が支給されることとなりました。多くのフリーランスがオンラインの申し込みフォームに一度に殺到したため、なかなかアクセスできず、一晩中パソコンの前に座っていたのに申し込みができずに夜が明けてしまった人もいるようです。ベルリンでアクセス制限をかいくぐり、申し込みを成功させた人には、早々と5000€が口座に振り込まれたそうです。NRW州で既に現金が振り込まれた人は僕はまだ確認していませんが、申し込みを完了した人は何人かいました。

ちなみに、ノルトラインヴェストファーレン州(以下NRW州)およびベルリンのこの支援金は、芸術家の「生活費の補填」が目的であることがホームページに明記されていました。つまり、貰ってすぐに家賃の支払いや食費に充てられるというわけですね。

他の州の支援プログラムは、全くもって似て非なるものでした。例えば僕の住むバーデンヴュルテンベルク州などでは、芸術家に限らず条件を満たす個人事業主に対して、事業の規模に応じて9000€、15000€、もしくは30000€の限度額で支払われます。ただし、それは事業での3ヶ月間における「債務不履行分」に対しての支給金なのです...。「生活費の補填」ではありません。すなわち、事業における必要経費が3ヶ月で9000€以上を計上し、その支払い能力を失った個人事業主のみが支援対象です。例えば、個人で音楽教室を経営していて、その教室の賃料・光熱費・楽器の維持費等に毎月3000€以上支払っているような音楽家だったら、対象になります。そんな人は、僕の知り合いのフリーランスの音楽家を探し回っても1人や2人いれば良い方でしょう。もしかしたらゼロかもしれない。平凡な音楽家で経費にひと月3000€かかる人なんてまずいません。というわけで、僕の周囲のフリーランスの音楽家は、だーーーれもこの支援プログラムの恩恵に1ミクロメートルさえ預かってはいません。

Facebookではフリーランスの音楽家がグループを早期に立ち上げ、活発に情報を交換し合っていますが、既に不満が爆発しています。「NRW州やベルリンでは現金が貰えるのに、他の州の芸術家は野垂れ死にさせるだなんて、何がSolidalitätだ!」と。Solidalität=「連帯感・仲間意識」とは、今回のコロナ危機を乗り越えるためにそこいらでよく見かけるスローガンのようなものです。

そしてついに、信じられないことが起きました。ベルリンの支援金申し込みサイトから、「支援金が生活費の補填を目的とする」と書かれた部分がいつのまにか消し去られてしまったのです。相次いでNRW州の方では、全くの予告もなく支援金申し込み受付が停止し、「生活費の補填目的での支援は中止する」ことがウェブサイトで通知されました。いずれも、他の州のフリーランスからの抗議を受け、バランスを整えるためになされた処置だと思われます。つまり、ベルリンやNRW州でも、現金を既に貰えた人もいれば貰えなかった人もいるという、全くの不公平が生じてしまったのです。

現時点で、ひと月の経費が3000€未満で、かつ経済的困難にあるフリーランスの音楽家がすがれる現金の拠り所はHartz IVのみです。Hartz IVは日本でいうところの生活保護です。これは新型コロナ特別措置が始まる前からあった社会保険制度で、モニカ・グリュッタース大臣が芸術家のために尽力して制定を成し遂げたものでもなんでもありません。

ここまでが、現時点で僕の知る範囲です。あまりに多くの情報が飛び交っているので、若干の解釈の間違いなどがあるかもしれませんが、大まかには合っていると思います。今後の経済支援がどうなっていくのか、僕には全く見当もつきません。だっていつ飲食店が再開するのか、いつ子供達が学校に行けるのかさえ分かっていないんです。

大企業も、業種によってはとんでもないダメージを受けています。家賃を払えない個人や法人は6ヶ月間支払いを延長することが認められましたが、H&Mやadidasといった大企業がそれに乗っかってきたことが大きな批判の的となりました。が、これらが支店の賃料を支払えなくなったというのもきっとマジな話なのでしょう。ドイツ中にチェーンを拡げるイタリア料理店VaPiano、ならびにステーキハウスMAREDOが倒産手続を開始しました。ローカルなところではシュトゥットガルトのマーケットプレイスに建つ子供服・玩具の老舗、Kurtzが倒産を迎えるという記事も目にしました。シュトゥットガルトで生まれ育った人々が、思い出と惜別のコメントを残しているのを見るとなんとも居た堪れなくなります。

政府が市民の行動制限をする目的は、病院の負担を抑え、一人でも多くの救える命を助けることです。行動制限が長引くと、経済停滞が長期化し倒産する企業と失業者数が増します。将来、健康に生き残った人達がみんな「僕はコロナで失職した上に全財産を失ったどころか、今でも多額の借金を背負っている。それでもいいんだ。それで人の命を救えたのだから。スローガンはSolidalität!」という超ポジティヴシンキングで聖人のように生きられるかというと、それは絶対に無理なような気がします。




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